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VOICE【金沢市】ラグビー日本代表から考える雨に強いまちづくり

2016.03.06

平成25年9月、「100㎜/h安心プラン」の第1回登録の5市に名を連ねた石川県金沢市は、実は登録以前から同プランの理念を先取りした関係者連携による雨水対策を推進していた。先進的な取り組みを可能にした背景を取材した。

 

雨対策の勝因も選手の連携と連動

 

ラグビーというスポーツにはなじみが薄く、ルールといえば前にボールを投げてはいけないくらいしか知らなかった著者にとっても、先般のワールドカップでの日本代表の活躍には興奮した。そのルックスとキック前のパフォーマンスのユニークさがうけて、メディアではとかく五郎丸選手が取り上げられることが多いのだが、躍進を支えたのは選手すべてであることを忘れてはならない。世界的に見ればそれほど強くない日本代表においては、どこか1ヵ所だけが強くても、逆に弱くても、猛烈に強い諸外国チームには勝てない。すべての選手がチームのゆるぎない理念「Japan Way」の下、リスペクトしあい、連携し、連動した結果としての勝利だったのだと思う。

 

金沢雨水サイト

市の水害対策のほか、住民が避難する際の参考にもなる「かなざわ雨水情報」サイト

 

やや飛躍するかもしれないが、日本の雨水対策はそれに似ていると思う。山頂から海までの距離が短いという特有の地形のため、氾濫しやすい暴れ川は昔から多く、最近は都市化の影響で雨水が地下に浸透しにくくなり、雨の降り方も激しくなっており、日本はますます雨に対して脆弱になってきた感がある。そうした中で国が始めた「100㎜/h安心プラン」は、雨の関係者の連携を条件とするという点で、あたかもラグビーの雨版のようなものに思える。まちのどこか1ヵ所だけ、1部門だけが雨に強くても、逆に弱くても、雨には勝てない。これまで下水道や河川、住民など関係者の連携はないことはなかったのだろうが、今後は“なんとなく”ではなく、明確に手を携えて雨を考えていかなければならない時代になったということの国としての意思表明なのだろう。それだけ雨の力が激甚化しており、同時に雨に対してまちが脆弱化しているということである。

 

平成25年9月、石川県金沢市は「100㎜/h安心プラン」の第1回登録の5市に名を連ねた。同市の場合、「100㎜/h安心プラン」をきっかけに連携を進めたのではなく、もともと独自にその素地を固めていたという点で特徴的である。なぜ独自にそのような取り組みができたのか。そのヒントもまた、ラグビー日本代表の躍進に見出すことができる。

 

条例になった理念「Kanazawa Way」

 

我々から見れば十分に屈強だが、世界レベルで見れば日本のラグビー選手は体格に恵まれているとはいいがたく、だからこそキックの精度を高めたり、走るスピードを早めたりといった日本チームならではの「Japan Way」を徹底したそうである。このチームの理念が選手の気持ちを同じ方向に向かわせる道標となった。

 

金沢市にもそれがあった。平成21年に公布・施行された「金沢市総合治水対策の推進に関する条例」である。「Kanazawa Way」といったところか。

 

金沢内水整備課看板

 

施行前年に発生した浅野川水害が、条例制定の原動力となった。それまでも下水道・河川分野では施設整備を中心とする対策を行っていたそうだが、この水害によってそれだけでは局所的な集中豪雨による都市型水害には対応しきれないことが露呈し、1ヵ所だけ、1部門だけを強化する点的な対応から、他部門、住民連携による面的対策へと大きく舵を切るきっかけとなった。総合治水という用語は散見されるが、金沢市の条例にある“総合”という2文字には相応の意思が込められている。

 

ただし、理念も作るだけでは意味がない。ラグビー日本代表においても選手が理念を共有し、実行できたからこその結果であったろう。それは条例でも同じことだ。世の中には様々な条例があるが、往々にして言い方は不適切かもしれないが「役所が勝手に作ったもので、自分たちは知らないよ」と思っていたり、そもそも条例の存在すら住民が知らないということも少なくないだろう。それでは強いチームは作れない。

 

「誰が」「何に」「どのくらい」をはっきり

 

条例には下記3つの理念の下、ハード対策(治水、流域)とソフト対策(土地利用、減災・水防)に取り組むと記されている。

 

<金沢市総合治水対策の推進に関する条例の基本理念>

・安全で安心な都市環境の形成

・市、市民、事業者が協働で総合治水対策に取り組む

・水害に強いまちづくりを推進

 

では、これら3つの理念を、どのように共有し、実行したのか。それには、役割分担と数値目標を明確にした点が奏功したのではないかと考える。

まず役割分担については、同条例の第4~6条にかけて市、市民、事業者の責務が記載されている。以下抜粋する。

 

■第4条(市の責務)

・施策の策定、実施

・市民、事業者の理解・協力促進

・広報

■第5条(市民の責務)

・対策の推進、施策への協力

■第6条(事業者の責務)

・地域社会の一員であることの認識、市民とともに対策の推進、施策への協力

 

また、何に取り組めばよいのかについても下図の通り具体的に記載されている。

 

金沢条例図

「金沢市総合治水対策の推進に関する条例」の基本理念

 

「誰が」「何に」の次に必要なのは「どれくらい」であろう。市の責務として「どれくらい」という数値目標を設定することは可能であろうが、市民や事業者の取り組みについて「どれくらい」を見定めることは容易ではなく、したがって数値目標も設定しづらい。しかし、同条例に基づく基本計画には、市民や事業者の「どれくらい」がしっかりと定められている。91対9の「9」である。

 

同条例では10年に1度の大雨、時間雨量にして55㎜を対象としており、そのうち50㎜分は市の責務として行う治水対策、残り5㎜分が市・市民・事業者が連携して行う流域対策という具合に役割分担している。「市:連携=91:9」である。市の意志だけでは進められない施策について、数値目標を設定するのは珍しいのではないだろうか。

 

金沢総合治水対策図

金沢市は総合治水対策において、時間雨量55㎜の目標に対し、市が実施する

ものが50㎜、市・市民・事業者との連携によるものが5mmと役割分担している

 

誰がフォワードでバックスなのか、フォワードの中でも右フランカーは誰か、バックスの中で左ウィングは誰かといった役割の分担と、それぞれがやるべきことの明確化は、ラグビーのみならず、すべてのスポーツチーム、さらには組織運営の基本である。しかし、基本であるがゆえにその基盤が緩いと、たちまちボールを持った時の選手の判断基準が揺らで気持ちに迷いが生まれ、それがプレーの迷いを産む。

 

同じことが行政運営にも当てはまるはずだ。今のところ、市が行う治水対策のうちの河川整備については予算制約のため5ヵ年計画を7ヵ年計画に延長し、連携して行う流域対策(各戸での浸透施設や貯留施設の設置など)については整備率30%と、まだまだ緒に就いたところという感はある。しかし、役割分担など当たり前のことではあるが、条例という形でしっかりと明文化して基本を固めたことは、今後の雨水対策において強い力になるに違いない。

 

「条例が判断基準の拠り所になっているので、自分たちの雨水対策に対する方向性はぶれないと思っています。人が入れ替わっても、この部署に誰が配属されても大丈夫です」(金沢市で都市水害対策を担う土木局内水整備課雨水施設係の増村一秀係長)

 

金沢増村係長

増村一秀土木局内水整備課雨水施設係長

 

市長と職員の思いを整えた「まちづくり」の5文字

 

ラグビー日本代表の立役者として忘れてはならないのは、やはりエディー・ジョーンズ監督だろう。プロ野球でもサッカーJリーグでも、チームの不振が続くと監督は交代になることを見ても、スポーツにおける監督の影響力の大きさが伺える。この点、やはりあらゆる組織について、もちろん行政運営にも当てはまると思う。金沢市の雨水対策におけるエディー監督は、同条例施行当時に市長を務めていた山出保氏であろう。

 

山出氏は市長在任中に、全国に先駆けて旧町名を復活させる運動を起こしたり、歴史的景観を保全するための「こまちなみ条例」を制定したりするなどの施策が知られている。その思いは、役所で働く職員にも「まちづくりについて熱い思いを持っていた市長」(増村氏)として伝わっている。

 

その思いの強さは、総合治水対策の推進に関する条例からも見て取れる。

 

浸水は歴史的建造物を一瞬で破損することもある。そう考えれば、雨水対策はまちづくりの一環としても重要であることは間違いないが、そもそも雨水対策を強化しようとする場合、総合計画や新規事業を立ち上げるのが通常であって、条例化という手間がかかることをやる必要はなかったはずだ。それを条例化した背景は「もともと金沢市は条例によるまちづくりを推進していたから」(同)ということらしく、とにかく市共通の理念として明文化し、理念とともに問題意識を共有し、関係者の結束を高め、施策や制度を着実に遂行し、金沢市らしいまちづくりを実現する狙いがあったと推察される。

 

金沢まちづくりフロア看板

内水整備課が入る「まちづくりフロア」

雨水対策はまちづくりと一体となって進む

 

こう書くと、雨水に関しても市長のトップダウンで条例化が進んだようであるが、少なくともこの条例についてはきっかけはどうやら行政からだったようだ。条例制定のきっかけとなった浅野川水害の時、誰よりも強く危機感を抱いたのは現場をよく知る市の職員だったということだ。それにまた、下水道や河川が進めてきたハード整備だけに頼る雨水対策の限界を誰よりも早く理解していたのもまた、現場をよく知る職員だった。

 

土木局内水整備課がある庁舎3階には「まちづくりフロア」と書かれた看板が据えられており、常日頃から否応なしにまちづくりを意識せざるを得ない環境になっている。それほどまでのまちづくりに対する思いが同条例にも貫かれたことが、いろんな部署のいろんな思いを整え、かつ共有化し、市役所内の組織間連携を推進する大きな力になったのではないだろうか。

 

「市も取り組みますし、事業者にも、市民にもそれぞれの立場で考えて、行動していただくことが必要だと思います」(同)。

 

そうした職員の思いを市長が受け止め、条例という形になった。スポーツチームに必要な役割分担が、行政組織内部でうまくいったと言ってよいだろう。

 

「情報」で市民を守る

 

最後に、ラグビー日本代表の勝利に必要だったものとして情報について考えてみたい。対戦前に相手チームの選手や戦術などに関する情報を収集することは、いまや当たり前となっており、それら情報をもとに戦い方を変えていくのだ。雨水対策においても、情報はその後の対応を決めるうえで極めて重要である。

 

実は金沢市が総合治水対策を検討し始めたのは、浅野川水害の前年である。総合治水対策実施計画検討委員会を設置し、合流式下水道地区を中心とする内水管理の強化策について検討を進めていたのだが、その最中に浅野川水害が発生した。市民を守るために行政ができることには限界があり、非常時にいつどのようにどこに避難するかについては、最終的には市民や事業者の自己判断に委ねるしかない。そのための情報が必要だと考え、高度雨水情報システムの整備についても検討を開始した。

 

その結果構築されたのが、「かなざわ雨水情報システム」である。それまで個別システムでしか管理できず、また、その管理も現場にまかせていたポンプの運転管理や水門の開閉管理、水位監視などが、すべて内水整備課と同じフロアにある「雨水情報管理室」で一元管理できるようになった。非常時には、内水整備課に設置された液晶の大画面で、現地で撮影されたスマホの映像を複数職員が共有し、そのうえで現地対応を判断する。

 

金沢雨水情報管理室

雨水情報管理室

 

また、雨量や水位の情報は避難時の参考になるよう、サイト「かなざわ雨水情報」(http://usui.city.kanazawa.lg.jp/)で住民に公開されている。もともと用水が多い土地柄で、降雨時には排水路としても使われており、豪雨時にはそれらすべてが浸水の要因となる。早い段階での情報は、避難路を考える際に大いに役立つだろう。

 

◇ ◇ ◇

 

100㎜/h安心プラン」策定においては、下水道管理者と河川管理者、市町村との連携が必須となっており、そこが1つのハードルになりそうだが、金沢市の場合は条例制定時にそのハードルは超えていた。条例制定というより高いハードルに挑んだことが、低めのハードルを越える原動力になったのかもしれない。

条例だけでも雨水対策は進められそうだが、金沢市は「100㎜/h安心プラン」を条例に示した理念を遂行する手段として位置づけている。とりわけ社会資本整備総合交付金等による支援への期待は大きいようだ。

なお、整備目標は基本計画そのままで、10年に1回の大雨、時間雨量55㎜としている。「100㎜/h安心プラン」という制度名のため勘違いする自治体があるようだが、100㎜以下でも同制度に登録できるので、数字に惑わされずに挑戦してほしい。

 

関連情報

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金沢市総合治水対策の推進に関する条例

 

金沢市総合治水対策の推進に関する条例施行規則

 

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「水害に強いまちづくり」に向けて、雨水に関する情報の提供とメール配信を行っている

 

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