2016年3月11日

【広島市】水位主義が切り拓くこれからの浸水対策


広島市下水道局 施設部
倉本 喜文 部長 ・ 松田 英士 主任技師

 国土交通省が実施する下水道革新的技術実証研究「B-DASHプロジェクト」として、初の浸水対策プロジェクトが平成26年度から広島市で行われている。
 「ICTを活用した浸水対策施設運用支援システム実用化に関する技術実証事業」と題しているが、一見では中身はつかみづらい。一言で表現するなら「浸水現象の見える化」である。

「見える化」の意義

 浸水に悩まされる都市の共通課題は事業費の捻出である。従来の考え方では、排除しきれない内水から街を守るには雨を貯めるしかない。貯めるには貯留管の整備など土木事業による対応が求められ多額の事業費を要することになる。
 地方財政の税収は全国的に減収傾向、さらに下水道事業では施設の計画的な老朽化対策の推進なども優先され、浸水対策はなかなか進捗しない現状がある。
 広島市の浸水対策に係る総事業費は約2000億円を見込む。平成28年度以降の残事業費は約1100億円、一方、現状で浸水対策に充当する予算は年間約50億円程度で有り、このペースでは整備完了までに20年以上を要する計算となる。
 面的に計画雨量に対して、対策を打っていくだけではなく、浸水原因の解消により効果的にアプローチできれば、即効性ある対策の可能性が広がる。従前の対策では、下水道管内に流入した雨水の挙動を計測するという発想は乏しかった。「浸水発生の要因となる『情報』を活用すれば既設施設能力を最大限活かした浸水対策ができるのではないか。より早期に効果的な対策が打てるのではないか」(倉本部長)。これまで目を充てて来なかった管渠内部の浸水発生に関する情報の収集と活用こそが「見える化」の意義である。
 

見える化のフィールド

 B-DASHプロジェクトの対象地域となる広島市江波地区は、主要幹線の先端部と中間部の2ヵ所に隣接する地区からの合流圧送管を接続しており、雨天時にはそこから満管状態で雨水が送り込まれるため、幹線接続付近で浸水が頻発するという特殊な状況があった。
 そのため、この幹線流域の雨量情報、管路内の水位情報、浸水状況を統合的に把握することで管渠内の水位を一定程度コントロールできれば、少しでも浸水被害は低減できる可能性がある。ポイントとなるのは、隣接の排水区となる吉島ポンプ場及び横川ポンプ場、最下流の江波水資源再生センター内のポンプ場の3カ所の運転を、得た情報をもとにいかに効率的に連動させられるかである。
 

リアルタイムシミュレーションを目指す

 B-DASHプロジェクトの目的は、情報の「検知」「収集」「分析」「提供」を一連のシステムとして構築することである。
 プロジェクトの実施主体は、フィールドを提供する広島市と日本下水道光ファイバー技術協会、NJS、日本ヒュームによる4者の共同研究体。広島市は実証フィールドの提供という形で参画する。
 雨量情報は、XバンドMPレーダーと光雨量計で収集、管路内の水位情報は光水位計、浸水状況の映像は光給電カメラでリアルタイムに収集する。
 この情報収集に重要な役割を果たすのが光ファイバーである。幹線内に光ファイバーを設置し、得られる情報とリアルタイムシミュレーションを一体的に結びつけたシステム構築を図る。分析・提供する情報は、浸水危険性の予測とポンプの運転制御に活用する。
 プロジェクトでは、既設幹線と雨水幹線内に光ファイバーケーブル約4.3㎞を布設。水位計は13台設置し、管路内の水位挙動を「見える化」した。
 

水位計測の確かな手応え

 河川では、水位変化を目視で確認するのに対し、水位計は本システムでは目となる。
 水位観測の要となる光水位計(右写真)は、水位の変化に伴う歪みを反射光の波長変化で捉え、水位に換算する。小型で設置も簡易だ。
 光ファイバーを用いる最大の特長は、安定的な電源供給である。水位計、雨量計、カメラそれぞれに、個別電源が不要であり、豪雨時の課題でとなる落雷時の電源供給にも不安はない。
 平成26年12月に全ての設備の設置が完了し、1年以上にわたり、システムトラブルも無くリアルタイムで情報を得られている。
 システム構築から1年余りが経ち、浸水をもたらす豪雨は発生しておらず、リアルタイムシステムの特性を最大限に発揮することは無かったが、それでこそ職員は安堵する。
 数回発生した豪雨時に、管路内の水
位変化を捉えられたことは実証としては大きな成果だった。「こうあるはず」の水位挙動と実測した水位挙動は異なった。「見える化で防げる浸水被害がある。管路内の実際の流れ方を誰も知らなかった。知るだけでは意味が無くこの情報はうまく使ってこそ価値がある。重要箇所の水位測定を制度として義務化することも一考ではないかと思う」(倉本部長)と手応えは相当に大きい。
(右写真は7月の降雨時のリアルタイムの水位計測画面)

 

水位から変わる計画 

 これからはシミュレーションに対する蓄積した水位データの整合が重要になる。ポンプ運転の効率化の実現、住民の自助を促す情報発信などシステムとしての有効性に手応えをつかむ。
 さらに、情報の収集は運転管理等に資するソフト対策としての成果のみならず、ハード対策としての活用も期待される。
 既存の施設能力を最大限活かすことで、将来計画する施設規模の見直しなどダウンサイジングに資する可能性もある。
 広島での実績により、水位計測が浸水対策の基礎インフラとなる期待が高まる。