2016年3月16日

【郡山市】メディア活用で気持ちの共有と発信力強化



 平成22年豪雨時の郡山駅前アーケードのようす

 平成22年、23年と相次いで甚大な浸水被害に見舞われた郡山市は、下水道と河川が一体となった総合治水対策を策定し、それが東北初の「100㎜安心プラン」に登録された。登録までの経緯について郡山市下水道部に伺った。

まずは自助から走り出した

 あれが安達太良山
 あの光るのが阿武隈川
(「智恵子抄」高村光太郎著)
 
 光太郎の智恵子を思う気持ちそのままの豊かな自然に抱かれて、郡山市は栄えてきた。阿武隈川はその西を走るJR線と並行するようにして市の中心部を南北に貫き、上流に降った雨は郡山市役所、JR線を東へと流れ過ぎ、市街地も超えて阿武隈川へと注ぎ落ちる。
 その地形ゆえに、市民は浸水と隣り合わせで暮らしてきた。
 昭和61年から平成25年までの27年間に発生した浸水は15回。そのうち、平成22年7月の豪雨では床上浸水62戸、床下浸水141戸、翌年9月の台風15号では床上浸水1,510戸、床下浸水157戸という甚大な被害に見舞われた。
 平成23年9月の台風被害の後、下水道部下水道総務課企画係の鈴木勇哉技査は浸水被害のあった市内を歩いて調査して回った。下水道事業としてやれることはあっても、予算確保にも工事にも時間がかかる。その間に再び台風や豪雨が来れば、また町がこのような姿になる。それは避けなければならない。だとすれば、時間優先で方策を考えるしかない。

 


鈴木勇哉 下水道部下水道総務課企画係技査


 「すぐに対応できることということで、まずは自助を支援することから走り出しました。市議会からの要請もあり、平成23年暮れから先進地の視察をはじめ、紙版のハザードマップの作成に取り掛かりました。また、浸水被害が大きかった駅前の住宅などには、簡易止水版を市単独費で無料配布しました。市として、被害者への支援策をとりまとめた『水害の冊子』とお見舞金をお配りしていたので、下水道部としても少しでも早く市民の不安を払拭したいとの思いから、予算措置を急ぎました」


 当時の気持ちを鈴木技査はこう語る。

 「なんとしても今まで以上に浸水対策をやらなければならない」

 
 その一言には、今なお強い決意が溢れている。
 

下水道と河川の“ちぐはぐ”を乗り越える

 近年の雨の降り方の激甚化により、下水道が整備されたエリアでも浸水が発生しやすくなっていたことは事実だ。だからこそ、かねてより浸水対策を重要事項と認識していたが、それでもなお2回の大きな災害は同市の浸水対策にとっては大きな転機となった。
 
 大きかったのは、下水道と河川が一体となって取り組む素地ができたことだ。平成24年5月に発足した郡山市総合治水対策連絡協議会には同市の下水道部、総務部、建設交通部、都市整備部のほか、国土交通省福島河川国道事務所、福島県県中建設事務所も加わり、市制100周年を迎える平成36年に向けた総合治水対策の検討が始まった。
 
 しかし、下水道と河川、市と県と国。担ってきた事業も、所属する組織も違う。浸水被害の軽減というゴールは共有できていたが、そこに至る道順は異なっていることも多く、始まってみると調整は容易ではなかった。
 
 「もともと別々に策定した下水道や河川の計画を、そのまま組み合わせようとしました。整備水準や目標もばらばらで、一方は2時間降雨量を基準にしているのに、一方は1時間降雨だったり、使っている降雨データにしても使っている測候所も違う。補助金の取り方も違えば、計画の進み具合もまちまち。下水道だけが先行しても、河川だけが先行しても対策の相乗効果は得られないのに、いろいろなことが“ちぐはぐ”でした」
(鈴木技査。以下同)

 


 平成25年豪雨時のようす

 そうした中、計画降水量の設定に対し、地方整備局から厳しい指摘を受けた。過大である、と。
 
 「最初は既往最大を想定していたのですが、地方整備局に相談すると過大だと指摘されました。そこで協議会で議論し、平成22年に浸水被害をもたらした豪雨レベルの74㎜/時、80年確率まで落としました。その設定で雨水貯留施設を作ったとして、本当にどれくらい雨がたまるのか、稼働率というようなことも考え、本当に設備が過大ではないかの検討を重ね、最終的には下水道と河川の共通目標として、58㎜/時、概ね21年確率に落ち着きました」

 
 目標値の共有、そして共有に至るまでに重ねた議論。それに費やした時間。担当者同士が掛けあった言葉。それらが徐々に“ちぐはぐ”を解消していった。
 
 そうして平成26年、「郡山市ゲリラ豪雨対策9年プラン」がまとまった。市制100周年を迎える平成36年を目標年度にしたため“9年”という中途半端な数字になったのはご愛敬だ。同年、この計画は東北で初めて「100㎜/h安心プラン」に登録された。
 

市長の発案でメディア3社が協議会に参加

 実際に被災したこともあり、浸水対策の優先順位は高かったとはいえ、下水道と河川の“ちぐはぐ”を乗り越えるのは、予算措置も含めてそう簡単ではなかっただろう。

 「当時は本当に手探りでした。インターネットやiJUMP(時事通信社が提供する有料行政情報サービス)、国の手引きなど、ありとあらゆる情報をかきあつめました。金沢市など他の自治体の取り組みも参考にさせていただきました。やれるものはやってみよう、そんな雰囲気でした。それに、平成22年以前からゲリラ豪雨とまではいかない小さい集中豪雨が何度もあって、“ゴロッ、ピカッ”と雷が落ちるところをみんなが目の当たりにしていました。市長も市議会も市民も行政も、雨に対する意識が高まっていたのです。何としてもやらなければならない。その気持ちを共有できていたから、やれたのだと思います」
 

一般家庭に雨水貯留タンクを設置する事業を“雨カツ”と名付けて推進中。
市長が「市民になじんでもらえるおもしろい事業名を付けよう」と発案し、

写真の下水道維持課排水設備係の吉川智太郎主事が命名した。



 気持ちの共有には、平成26年から協議会メンバーに加わった民間事業者も一役買った。加わったのはNTT東日本、郡山コミュニティ放送、エフエム福島の3社。いずれも強い発信力を持っている。

 「市長が民間企業の経験も豊かということから、メディアに入ってもらって防災情報の発信力を高めてはどうかと提案がありました。個人的には企業は利益優先で、防災といった公的事業にはあまり積極的ではないのではないかと思っていたのですが、まったく違っていて驚きました。おかげで協議会での議論の幅が広がり、市民の方の“浸水対策に協力したい”という声も直に聞けるようになりました。FMなどで浸水対策を取り上げていただいたことが大きかったと思います。それまでも情報発信していましたが、やはり役所だけで完結しがちでした。いまでは役所内外に情報が波及していっていると感じます」
 

予算と人材の確保が重要

 「郡山市ゲリラ豪雨対策9年プラン」は、いよいよこれから実行の時期を迎える。これまでの計画、委託時期から飛躍的に人も予算も必要になる。下水道部下水道総務課の長尾一彦企画係長は、今後に向けて改めて気を引き締めなおしている。

 「まずはきちんと予算を確保すること。そして、浸水被害から時間が経つと、浸水エリア外の人は防災意識が薄れてくるので、丁寧に必要性を説明し続けなければなりません」(長尾係長)

 


 長尾一彦 下水道部下水道総務課企画係長

 
 鈴木技査は人材も大事だと指摘する。
 
 
 「浸水発生のメカニズムを知っている人が事業に取り組んだ方が良いに決まっているわけですが、そうした人は多くありません。下水道と聞いて雨水を思い出す人は少ないでしょう。それに、雨水排水は現場で携わらないと分からないことが多い。例えば、パイプとマスをつなげさえすれば雨水を排除できる、というわけではないのです。角度が悪ければ、マスで雨水が渦を巻いてうまく排水できない。そういったことは現場経験を積み重ねるしかありません」
(鈴木技査)
 
 人材育成の一環として、初任者研修に加え、平成27年度から中堅向け研修を始めた。
 
 「初任者研修は以前からやっていましたが、中堅向けは計画にさかのぼって設計を考える思考を養うことを目的にしています。なんのためにパイプとマスをつなぐのか。そのためなら、こうしたつなぎかたはおかしい、そう気づける感覚を育てていきたいと思います」
(長尾係長)
 
 「郡山市ゲリラ豪雨対策9年プラン」を作って終わりにしないために、実行の時期を迎えるこれからこそ、ますます情報、予算、人のマネジメントが重要になる。

 


 長尾係長(左)と鈴木技査

郡山市防災ウェブサイト
郡山市浸水ハザードマップ

郡山市3次元浸水ハザードマップ

「郡山市ゲリラ豪雨対策9年プラン」について
郡山市総合治水対策連絡協議会について