2016年3月11日
【福岡市】博多駅を三度浸水させない 思いと人は世界に誇る都市力
福岡市道路下水道局計画部
下水道計画課 津野 孝弘 課長
福岡市道路下水道局には「博多駅地区浸水対策室」という部署があった。全国の下水道担当部局でも、具体の地区名を冠した浸水対策セクションは稀である。
九州最大のターミナル駅である博多駅は5年間で2度、豪雨に浸かった。「博多駅を三度浸水させない」。福岡市職員の雨に対する情熱はひと味違う。
平成11年6月29日、日本の局地豪雨対策の大きな分岐点となった大雨が福岡市を襲った。時間最大降雨は79.5㎜、60年間の歴史を有する福岡管区気象台の観測開始以来2番目の雨量だった。博多駅周辺で地下街に雨水が大量に流入する写真は、今なお都市部で発生する豪雨災害の恐ろしさを象徴する姿として用いられる。このとき、雨水により地下空間で1人の方が閉じ込められ、命を落とした。「6.29豪雨災害」と称されるこの災害は、地下鉄、地下街、ビルの地下施設など、都市域のくらしと生産活動に地下空間の利活用が進む中で、都市型水害の急所として「地下」がクローズアップされるきっかけとなった。
6.29豪雨災害を受け、福岡市は雨水整備緊急計画「雨水整備Doプラン」を策定。従前5年確率降雨(52.2㎜/時)で対応してきた施設整備水準を10年確率降雨(59.1㎜/時)に引き上げ、市内59地区を重点地区に定め、平成12年度から短期的および中期的な総事業費約1258億円にも及ぶ計画を策定した。
<雨水整備Doプラン>
https://www.city.fukuoka.lg.jp/doro-gesuido/gesuidoujigyou/hp/measure.html
2度目の博多駅の浸水は、異なる形で発生した。平成15年7月19日、福岡市内の時間最大降雨量は20㎜だったが、御笠川(二級河川)上流の太宰府市では104㎜に達し、連続降雨量は300㎜を超えた。これにより、御笠川の下流域にある博多駅東側及び御笠川に流入する山王放水路が氾濫し、再び駅周辺は雨に浸かった。同日の午前5時から6時にかけて越流水は瞬く間に駅周辺に広がった。駅周辺を博多区内の浸水規模は、6.29豪雨災害を上回り、地下街にも再び大量の雨が流入した。
2度にわたる浸水を教訓に、平成16年4月、博多駅地区に重点を置いた緊急浸水対策「雨水整備レインボープラン博多」を策定した。雨水整備Doプランで定めた10年確率の雨水整備水準を、6.29豪雨災害の時間最大降雨79.5㎜/時に引き上げ、①雨水排水施設の強化②貯留施設の整備③浸透側溝の整備-という三つの重点施策について、総事業費353億円を投じ、平成16年度から24年度に掛けて主要施設の整備を実施した。
<雨水整備レインボープラン博多>
http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/29121/1/RainbowPlanHakata.pdf
このプランは、博多駅周辺の下水道施設の「大手術」とも言える、プロジェクトである。
この地域の下水道整備は歴史も古く、合流式下水道で整備されており、既存施設を活用した雨水排除機能の拡張では、2度の浸水被害相当の豪雨には対応できない。雨水排水施設の強化策の重点事業となったのが合流式下水道の分流化であった。既存の合流管を汚水管として利用し、新たに計画降雨に対応する雨水管を整備することとした。最大のネックは、各世帯排水設備の改造だったが、市では17年度に分流式排水設備改造資金貸付制度、20年度には分流化区域内の既存建物について、分流化に必要な改造工事費の助成制度をスタートさせ、分流化への対応を図った。雨水幹線と貯留管も同時に整備。雨水幹線は5本におよび総延長は約3.2㎞、貯留管は、博多駅周辺を囲うように延長約2.5㎞、貯留量は約3万立方mに及ぶ。地下施設が輻輳する中、難工事を克服した。
貯留施設の整備では、かねてより浸水被害が頻発していた開渠の山王放水路周辺の浸水対策が重要施策となった。施設整備の緊急性という課題を乗り越えるため、選択したのは公園の利用だった。山王放水路に近接する山王公園内に貯留量3万立方mの山王雨水調整池を平成16年度から僅か2年で認可から供用にこぎ着けることができた。調整池は2つの池で構成。1号池は既存の野球場を1.8メートル掘り下げ、晴天時に野球場として使用し、雨天時には調整池としての機能を発揮する(貯留量約1万3000立方m)。2号池は公園地下に設置し、雨水を貯留する(貯留量約1万5000立方m)。御笠川から放水路への逆流を防ぐために、ポンプ場も整備し、放水路への逆流防止ゲートと排水ポンプを設置した。御笠川の河川管理者である福岡県も平成15年レベルの流量(890立方m/秒)に対応できるよう河川改修を行った。
もう一つの特長が浸透側溝の設置である、側溝には浸透機能を持たせ、都市域全体の流出量の削減を図った。
福岡市の被害を契機に検討された国の制度創設も、計画推進を後押しした。国土交通省は平成16年度の補助新規制度として浸水被害緊急改善下水道事業を創設(現在は下水道浸水被害軽減総合事業)し、雨水貯留施設等を国庫補助対象とすることなどが認められ、福岡市は同事業の採択第1号都市となった。分流化、そして浸透側溝の設置についても、平成14年度に創設された合流式下水道緊急改善事業のメニューの一環として実施。浸水対策で多くの都市が最も苦慮する予算確保の面で国の制度創設は大きい効果をもたらした。
整備効果はてきめんに現れる。整備途上でありながら、平成21年7月に発生した中国・九州北部豪雨(時間最大降雨116㎜/時間 博多(福岡空港)観測所)では市内各所で浸水被害が発生する中、博多駅周辺では、浸水被害を防ぐことができた。
浸水被害を繰り返さないため、市役所をはじめとする中枢施設が集中する市内中心市街地・天神周辺地区においても、博多駅周辺地区と同様に雨水整備水準を6.29豪雨災害レベルに引き上げ、「雨水整備レインボープラン天神」を策定した。天神地区では、降雨シミュレーションに基づき、浸水区域と深さを想定。博多駅周辺地区での経験を活かし、効率的な雨水対策のレベルアップを図る。
<雨水整備レインボープラン天神>
https://www.city.fukuoka.lg.jp/doro-gesuido/kensetsu/hp/rainbowplan.html
都市型水害に即応した雨水整備Doプランの策定から17年目を迎え、重点化した59地区のうち、47地区で整備を終え、ゴールがいよいよ見えてきた。
福岡市の雨政策において最大の特長は人材である。17年の間に多くの人材が専門的に関わり、浸水対策を進めてきた。都市の有り様とともに気候までもがこの17年の間に変動する。「博多駅を三度浸水させない」という強い信念のもと、世界中の都市が苦慮する変化する雨の姿とともに知見を進化させられる人材を有することは、間違いなく福岡市が世界に誇れる都市力である。