2016年3月11日

【新潟市】貯留・浸透の歴史と今 田園都市の浸水対策


新潟市下水道部下水道計画課
  長井 健さん ・ 馬場 省伍さん

 「水の低きに就くが如し」とは孟子の言葉。生命と財産に危機をもたらす浸水被害の発生原因は多様だが、基本的な原因としてこの言葉は端的に言い表せている。
 一方、水が低きに集まることで得られる恩恵も大きい。
 たくさんの水を必要とする稲作は、広々とした低平地が格好の生産地となる。新潟市の歴史は、この困難と恩恵とともに歩んできた。海抜ゼロメートル地帯が市域の25%を占め、この低平地に広がる田園と都市を洪水・浸水から如何に守るかが積年の重要課題である。

水害の歴史

 新潟市の歴史は水害と切り離せない。有史上、数多くの洪水・浸水が記録されている。
 この背景は地形的な要因が大きい。信濃川と阿賀野川の最下流部に位置し、日本海沿岸に面した砂丘部の後背地としてゼロメートル地帯が広がるため、降った雨の水はけも悪い。近代以降は治水対策の成果とポンプ排水施設の整備により治水安全度は高まり、水害は顕著に減っていったが、都市化も急速に進んだ。かつては水田が広がったゼロメートル地帯の各所には市街地が形成された。
 低平地の市街地には、雨に対する脆弱性がどうしてもつきまとう。

 <新潟市の標高図(新潟市HP)>
 https://www.city.niigata.lg.jp/kurashi/bosai/index_jijo/zibanndaka.html
 

水無月プラン

 幾多の水害を契機に、下水道事業においても対策を行ってきたが、平成8年に大きな転機が訪れる。同市の浸水関係部局が連携し「雨水排水抑制研究会」を組織し、市民と協力して都市型水害を軽減し水循環の再生を図る「にいがた水無月プラン」を策定する。計画名称には田に水を注ぎ入れる水無月(6月)を水害の無い月にしたいという意を込めた。この計画で注目されたのが市民協働による雨水浸透施設を用いた流出抑制策だった。プラン策定後、雨水流出抑制に関する技術指針や市民モニターによる浸透ますの効果検証に着手する。
 今回話を聞いた長井さん、馬場さんはいずれも入庁前の話だが、行政分野を横断した画期的な取り組みは伝説として語り継がれている。
 そして、平成10年8月の豪雨被害が、プランの実践に大きく舵を切る契機となる。
 同年8月4日を中心に、同市の観測史上最大となる時間降雨量97ミリ、日降雨量265ミリを観測し、市内は約1万件におよぶ浸水被害(床上浸水1495件、床下浸水8290件)を受けた。
 

浸透施設の普及

 
 新潟市では、平成10年の豪雨被害を受け、同年に雨水緊急対策整備計画を策定。計画時間降雨量を50ミリ(10年確率降雨)に設定して被災地域を対象に雨水管やポンプ場の整備を進めるとともに、「市民協働」の取り組みも大きく動き出す。
 平成12年度に建設省(現国土交通省)の新世代下水道支援事業制度の水環境創造事業に採択され、下水道事業認可区域内世帯の浸透ますと貯留タンクの設置に助成する「雨水流出抑制施設設置助成制度」を開始する。
 同市の取り組みの特長は、制度開始後の普及のスピードである。設置に係る市からの助成費用は上限2万円、市民へのPRも積極的に行ったが、最も効果的だったのは、ボランティアで行う普及促進員・普及協力員と連携した自治会へのローラー作戦だった。模型を持って市職員とボランティアがPRに奔走した。また、自治会が設置依頼を取りまとめて工事店に一括注文することで、手続きの手間と設置費用をも低減できた。市民に手間を掛けさせないことが奏功し、制度開始から僅か3年間で設置数は2万4000基を突破した。
 浸透施策は公助としても推進し、平成26年度末までに65カ所の学校グラウンド等に雨水貯留施設を設置したほか、公共施設にも貯留浸透施設を導入した。
 施設の設置効果は、市民のくらしの範囲にも明らかに現れる。各戸の水たまりが解消され、貯留施設を設置した学校のグラウンド周辺の水捌けは格段に向上する。
 普及PRの過程で浸水被害は被災地域だけの問題では無く、被災しない高台地域から流れた水にも起因することを市民に知ってもらえたことも大きな成果だった。
 市内の高台から低平地に流入する雨を少しでも抑制する、市民による上下流連携が実を結びだした。
 

50ミリ+αの課題

 
 雨水流出抑制施設設置助成制度の開始から14年が経過し、平成26年度末の浸透ますの設置数は55782基、貯留タンク3182基に達した。流出抑制効果は、約11万㌧と試算される。
 課題となるのは、制度開始と設置から数年経過した中で施設の機能を確実に確保するための維持管理と更なる普及である。
 新潟市では日本下水道新技術機構とともに、宅地用雨水浸透ますの維持管理手法を研究。設置から10年以上が経過した浸透ますも適地であれば十分に浸透能力を有することを確認し、適切な清掃方法について、市民への周知も積極的に行っている。
 また、さらなる貯留・浸透施設の普及も課題となる。同市では豪雨発生回数の増加が顕著だ。昭和57年から平成9年までの15年間と平成10年から平成25年までの豪雨発生回数(時間降水量20ミリ以上)を比較すると1.8倍増加している。
 「既往最大降雨を踏まえても計画時間降雨量である50ミリ『+α』の対策が重要」(長井さん)となる。制度開始当初こそ飛躍的に設置基数が伸びたが、近年は助成件数が減少傾向にある。対象世帯に対する設置率から見れば普及余地は十分にあり、さらなる普及可能性を模索する。
 50ミリ+αの雨から市民の生命・財産を守るため、助成制度を充実させていることも同市の特徴である。浸水被害実績を有する世帯および発生する恐れがある世帯に対して、防水板の設置工事、住宅・駐車場のかさ上げ工事に助成を行う。公助では防ぎきれない浸水被害への自助・共助も促す。

 <新潟市の各種助成制度(新潟市HP)>
 https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/gyoseiunei/hojyokin/gesuidou/gesuidou/keieikikaku/index.html
 

田んぼダム

 
 
 
 水無月プランの精神は、今なお引き継がれる。50ミリ+αのため、必要なものは他部局と連携して取り組む。その一つが「田んぼダム」(右写真)である。
 新潟市は、全国市町村別の米の作付面積、収穫量ともに全国一位(農林水産省・平成27年産 作物統計調査より)。「田と街の共存」(馬場さん)が浸水対策の切り札の一つになる。
 きっかけは農政部局からのアプローチだった。ゼロメートル地帯の稲作は少しずつ姿を変える、転作田が増え、かつての水田では畑作も盛んになってきた。水田は、一定水量まで保水できるが、畑は浸水にめっぽう弱い。
 また、田んぼの排水路は地区によっては近接する市街地の雨水の排水機能も有する。排水路の水位が上がれば、市街地からの排水も困難となり浸水を招く。
 そこで、田んぼからの排水溝に排水量を抑制する穴のついた調整板を設置し、あぜ道の高さと強度を補強することで豪雨時の雨水を極力田んぼに蓄え、排水路の機能を強化する。
 水田の転作と市街地化が進む中で、土地利用の特性を生かした浸水対策こそが「田んぼダム」だ。
 調整板は板一枚の簡易なものであるが、水位調整と穴からの排水を阻害する障害物の除去など維持管理が必要となる。稲作農家の協力が不可欠となるが、農家にとっても転作田の被害を防ぎ、排水負荷を低減することで地区ごとに管理する排水機場の保全も図れる。
 シミュレーションでこそ良好な結果を得られるが、課題は実際の降雨時の農家の対応も含めた実証であった。平成26年7月9日に、時間最大降雨30.5ミリを観測する豪雨の中、田んぼダム整備済みの44ヘクタールで約28000トンの貯留効果を確認できた。今後も、農家の調整板の維持管理方法の強化と更なる効果の実証が鍵となる。
 土地利用と浸水対策を融合させ、住民参加と都市の便益を両立する手法は、国際目標である統合的水資源管理(IWRM)の新潟モデルと呼ぶことができよう。
 低きに就く水の困難と恩恵を知る地域から、連携の意義を知る。水無月プランで得た経験は今なお生かされ続ける。