2016年2月18日

【福知山市】国・府・市の「三本の矢」が底力に 4カ月でまとめあげた対策案

 平成26年8月、観測以来最大の335ミリ/2日の豪雨が福知山市を襲った。
 市街地が見渡す限り茶色く濁った水に漬かる甚大な被害をこうむる事態となったが、わずか4カ月後には国、京都府、市が連携して浸水対策に取り組む「総合的な治水対策(案)」をまとめ上げた。
 短期決戦を成功に導いた要因は何だったのか。福知山市上下水道部下水道課を取材した。

 


 

汚水ポンプ場が被災 町に汚水を溢れさせてはならない

 丹波高地から西に流れ下った一級河川由良川が、徐々に川幅を狭め、傾斜も緩めながら北東へと向きを変えるところに福知山市街地が広がる。地盤の高さはTP+15~16mと堤防より5m以上低い。その地形的特性ゆえに、昔から浸水に悩まされてきた地域である。
 昭和38年に着手した下水道事業も、発端は浸水対策だった。高度経済成長の昭和50年以降は、一気に宅地化が進行。平成21年までに水田や山地等は約3.7km2減り、その分だけ市街地が広がった。
 それとともに失われていく流域内の保水力を補おうと、国がポンプ場を3カ所、福知山市もポンプ場1カ所、雨水貯留管や貯留施設を整備し、内水排除の対策にも取り組んできた。
 下水道における雨水対策の計画雨量は55ミリ。10年に1度の雨を想定したものだった。それでもなお、平成26年8月の豪雨は想定をはるかに上回る激甚さだった。福知山市上空に停滞する前線は南から暖かく湿った空気が流れ込むと、16日午後から翌朝にかけて雷を伴った猛烈な雨を降らせた。この間、1時間に約50ミリの雨が3回も計測され、総降水量は観測以来最大の335ミリ/2日を記録。市街地一帯が浸水被害に見舞われた。
 下水道課が入る建物も、浸水に見舞われ、床上浸水の被害を被った。
 しかし、もっと大きな問題は、雨水ポンプ場が1カ所、中継ポンプ施設も4カ所が機能を失ったことだった。

 

 浸水した和久市ポンプ場

 汚水を送れなければ、町中に汚水が溢れてしまう。そうしないために下水道課が下した判断は、未処理汚水の河川放流だった。
 しかし、その決断が軽率だったことを、大槻訓宏下水道課長はすぐ知ることになる。
 「汚水が送水できなくなるなんてことは、経験したことがありませんでした。だから、汚水を町中に溢れさせないためには、河川に放流しても仕方がないじゃないか、河川管理者も許してくれるだろう、そう単純に考えたのです」(大槻課長) 
 結果、河川管理者からNOを突き付けられた。
 「水質上容易には認められない、あらゆる手段を講じ、あらゆる努力を費やし、それでもだめだった時の最終手段だと言われました」(同)

 

 大槻訓宏 下水道課長




 初めて直面する非常事態に、一方では応急復旧も行いながら、何から手を付ければよいのか気ばかり焦った。
 そんな時、国(近畿地方整備局)や京都府、下水道事業団などの職員たちが応援に駆け付けてくれた。彼らのアドバイスを受け、河川放流までに手を付ける「あらゆる手段、あらゆる努力」を整理した。

 1、下水道に入ってくる水を減らすため、各家庭に節水を呼びかけるビラを配布する
 2、吸引車で汚泥をピストン輸送する
 3、河川放流前に簡易沈殿と塩素消毒を行う応急処理施設を設置
 4、漁業協同組合やマリンスポーツ店など河川関係者に説明

 河川関係者に説明したほうが良いというのは、国(近畿地整)のアドバイスだった。こうした関係者への丁寧な説明は、河川放流に対する合意形成に大いに奏功したと思われる。最終的に河川管理者の理解も得られ、汚水の一部は簡易処理で河川放流したことで、下水道の利用は止めずに済んだ。
 
 この時の国(近畿地整)、府、市の3者協働体制は、発災から2週間足らずの8月29日に発足した「由良川流域における総合的な治水対策協議会」(以下、3者協議会)へと引き継がれ、その年のクリスマスイブに国・府・市が連携・協議し、河川と下水道が一体となった「総合的な治水対策(案)」(以下、対策案)がまとめられることとなる。
 

国もやる、府もやる、市もやる 目的の共有で強固な3者連携が実現

 

 
 

 3者連携、協働と聞けば耳に心地よく、三本の矢となって3以上の力を発揮するだろうが、それも3者がまとまってこそ。それは容易ではないのではないか。しかも、市にとって府や国は“上”の存在。混乱する現場に“乗り込んできた”と煙たく思うところもあったのではないかと少々意地悪な質問をしてみたが、「それはなかったです」(同)と笑顔の答えだった。
 「上位官庁ですから構えていたところは正直ありましたが、3者協議会のおかげで仲良くなれました。被害にいかに効率的に対応していくかという同じ目的を共有できていましたし、何よりも大きかったのは国(近畿地整)が真っ先にポンプ場の能力を倍増すると言ってくれたことです。そうなると、それに応えるために市はどれだけやるんだ、府はどれだけやるんだ、という話になる。国がイニシアティブをとってくれたおかげで、話はスムーズに進みました」(同)
 京都府は、府として初となるポンプ場の整備を決めた。府下にいくたの市町村がある中で1市だけへの投資が難しいことは容易に想像できるが、3者協議会で国が関与していることでそのハードルを超えることができたという。
3者協議会の座長は、国(近畿地整)の河川部長が務めた。国のイニシアティブは、確かに大きな意味を持ったのだ。
 「国が“大ナタ”をふるってくれているのに、市が“できない”とは言えません。ただただ国や府に“助けてください”、“お願いします”と言っているだけでは、3者協議会は成立しなかったでしょう」(同)
 立場が違えば、浸水対策における役割も異なる。それを押し付けあうことなく、互いの力を尊重しあい、互いの役割を理解しあい、かつそれぞれが自らの役割を明確に理解しあえたこと、さらにはそれを確実に実行していこうという熱意を共有できたこと。それらが三本の矢として3者をまとめる底力になったのだろう。

 

 浸水した段畑ポンプ場
 

「とにかく時間が欲しい」

 光陰のごとく三本の矢は疾走し、対策案をまとめあげるまでわずか4カ月。災害復旧や通常業務も行いながらの短期決戦は、想像以上に過酷を極めた。
 「3者協議会の全体会合は4カ月間で3回ほどだったのですが、その合間に担当者レベルの打ち合わせが入ります。そのたびに市の職員が京都府や大阪市まで足を運んだり、逆に市に来ていただいたりしました。さらに打ち合わせの合間に資料を作成したり、修正したりしなければなりません。災害復旧も平行していましたし、発災から12月末までで残業が500時間を超えてしまって、本当に倒れそうでしたよ(笑)」(同)
 それでも乗り越えられたのは、役所の仲間、目的を同じくする3者協議会の仲間がいたからであろう。
 発災の翌年の平成27年4月、下水道課に浸水対策係が新設された。課内の異動2名と、課外からの異動2名の合わせて4名体制である。
 とはいえ、まだまだ時間は足りない。浸水対策係の山本英典係長はこう話す。

 

 山本英典 浸水対策係長



 「とにかく時間がほしい。浸水対策を考えるために降雨量や被害状況などをコンサルタント会社に依頼してシミュレーションしてもらうのですが、そのまま使えるわけではありません。間違っているという意味ではなく、例えば地形的なデータからはじき出された場所よりも、実際には少し離れたところのほうが水がつきやすいことがあったりして、そうすると雨水貯留施設はこっちに設置したほうが良さそうだとか、シミュレーションが実態とずれていることがあるんです。それは土地柄をよく知っている市の職員でなければ分からないのですが、市の職員はシミュレーションができません。ですから、ずれを修正するために時間をかけてコンサルタント会社とやりとりするしかないのです。それで、やっと修正できた結果を持って住民の方に説明に行くと、住民の方のほうがもっと土地柄に詳しくて、新たなずれが見つかって、また修正作業に入る。その繰り返しです」

 どうすれば時間の問題を解決できるのか。
 「人が多ければいいというわけではありません。私もそうですが、浸水対策を専門としてきた職員が市にはいません。そうした中で手探りで進めるしかないのが現状です」(山本係長)
 雨は古くて新しい問題と言われる。昔からある問題だが、雨の降り方が激甚化している今、求められる対策はこれまで通りとはいかない。

 

 「各戸への貯留タンクや浸透ますの設置、水嚢(土の代わりに水を使った土嚢)の配備、ライブカメラの増設、各自治会で作る自主防災組織率100%、地域ごとの避難経路をまとめた『My Map』の作成、平成27年度中にはハザードマップを配布する予定ですし、防災無線を電話でも聞けるようにしたり、市内のコンビニエンスストアやタクシー会社と情報発信に関する協定を結んだりなど、市内部の関係する部署(危機管理室・土木建設部・農林商工部・消防本部)でプロジェクトチームを発足させていろいろ考えています。これまで市が行ってきた貯留管やポンプ場の整備といったハード対策では段取りが分かっているのですが、こうした地元自治会や住民の協力が欠かせないソフト対策では、何をどうすれば合意を得られるのか、どうすれば理解し協力していただけるのか、勝手が分かりません。そんな時はとにかくネットで他の自治体の取り組みを調べ、気になったらすぐに担当者に電話して問い合わせるようにしています」(山本係長)
 全国の自治体の雨の担当者が、同じような悩みを抱えていることだろう。このウェブサイトが担当者同士をつなげ、雨水対策を半歩でも、0.1歩でも前に進める力になれることを願う。
 「計画案に示した対策を5年間でなんとしてもやり切ります。市長も副市長も、浸水対策を最優先に考えてくれていますし、何よりも被災された方の“一日も早く”と言う強い思いを感じます。限られた予算の中で着実に実行していくために、通常の浸水対策とするのではなく、下水道浸水被害軽減総合事業という“1ランク上”の取り組みとして位置づけ、国から認定を得ました」(大槻課長)
 計画案に基づく市の計画が下水道浸水被害軽減総合事業として認定され、福知山市の浸水対策は旗揚げされた。
これからが本番だ。

 

 

5年間で計画をやりぬく」と意欲満々の大槻課長(右)と山本係長

 

 関連情報

「由良川流域(福知山市域)における総合的な治水対策協議会」資料

「由良川流域(福知山市域)における総合的な治水対策協議会」とりまとめ結果(PDF)

 国、京都府、福知山市の役割分担、対策一覧等
平成26年8月豪雨 災害の記録(PDF)

福知山市上下水道部

 浸水対策の経緯など

福知山市防災情報ライブカメラ
下水道浸水被害軽減総合事業(PDF)