2017年4月5日
【岡崎市】下水道浸水対策 ~河川との連携・水位主義・人口減少をチャンスに~
はじめに
岡崎市では、甚大な浸水被害を受けた平成20年8月末豪雨(以下、8末豪雨という)を契機として、河川事業(床上浸水対策特別緊急事業)と連携する形で下水道事業による浸水対策や防災部局を主体とするソフト対策に取り組んできました。
本稿では、その概要と計画時の苦労の一端について報告するとともに、水位主義による浸水対策の取組や課題、浸水リスクを考慮したまちづくりへの期待について個人的な思いも含めて紹介します。
河川と連携した浸水対策
本市の下水道事業は、実験式に基づく合流式の管渠整備を大正12年にスタートし、昭和47年の整備水準見直しを経て、現在の浸水対策は、合理式に基づいて標準地区を5年確率(時間45mm)、重点地区を10年確率降雨(時間55mm)に対応した施設として分流式主体で実施しています。これにソフト対策を組み合わせて浸水被害の最小化を目指しています。
8末豪雨は、1時間最大雨量が146.5mm(気象庁岡崎観測所)という想像を絶する大雨を記録し、市街地の降雨は概ね同70~100mmで、死者2名、床上浸水1,110戸、床下浸水2,255戸の甚大な被害を発生させました。【図1参照】
対策として中小5河川の改修とともに、主に15地区で計画したのが、ポンプ場の新設(3箇所)・増設(3箇所)、幹線管渠の新設・増設、貯留管の新設などで、現在も整備中となっています。【図2参照】
計画には、河川と下水道との連携による対策も含まれています。被害の大きさゆえに実現に至ったともいえますが、本来は認められない河川への排水が可能となったのは、発災直後から河川・下水道が連携した対策について国・県・市による推進体制が取られたことが大きなポイントです。床上浸水の概ねの解消(床下浸水許容)を目指すための協議・調整が強力に進められ、計画論を超えた緊急避難的な措置が認められる大きな力となりました。今後も雨の降り方の極端化・激甚化が懸念されるため、浸水対策の強化ニーズはますます高まると考えられます。この事例のように、河川・下水道の弾力的かつ高度な運用により雨水排水施設全体で浸水被害の軽減に貢献するという仕組みの水平展開が期待されています。
河川協議のほかにも、対策の成否を左右する用地やルート選定、施工ヤードの確保等にも悪戦苦闘してきましたが、計画策定後の最大のネックは予算の制約であり、ハード対策には莫大な費用が必要となるため、優先順位を定めて順次整備するしかなく、完成までには長い年月を要します。
一方で、ソフト対策は早期に行われました。これまでに防災ラジオの配布を始め、浸水警報装置の設置、防災関連情報メールサービスの提供、浸水実績図の公表、内外水対応の水害対応ガイドブックの配布のほか、ウェブページ上の総合防災情報として雨量・河川水位・路上水位・カメラ画像等の公開など、すでに多くの情報提供を実施しています。【図3参照】
さらに、今後は、市民と市が協働して行う雨水流出抑制や自助共助を促すソフト対策を充実させ、総合的な雨水対策としてハードと併せて被害の最小化を図っていく考えです。
水量主義から水位主義へ
本市が従来の「水量主義」の限界に直面し、「水位主義」を志向し始めたのは、平成12年の東海豪雨以降になります。背景には、昭和の時代にみられた計画流量と実流量の安全側の乖離(計画流量Q1>実流量Q2)が都市化の進展により危険側に逆乖離(計画流量Q1<実流量Q2)の傾向を示し始めて、浸水被害が顕在化したことや、雨の降り方の激化、コンピュータのハード・ソフトの高性能化、合流改善などがありました。
水量主義の大きな欠点は、水量を物差しとするため、水位に対する認識が低下し感覚が欠落することや、超過降雨時の水位が分からないため既存ストックや対策効果の評価ができないこと、市民に求められる分かり易い説明ができないことなどが挙げられます。
水位主義への主な取組としては、平成12年の東海豪雨後と8月末豪雨後の計画策定時に部分的に浸水シミュレーションを活用したことや、平成26年度に浸水シミュレーションを使って既存ストックを活用した浸水対策を立案するための手法について、国のFS調査に参加したこと、平成27年度にX-RAIN情報を基にした降雨予想により浸水アラートを発信するという国のFS調査に参加したことなどが挙げられます。以来、継続的に幹線管渠の要所には水位計と流量計を設置し、路上水位計や監視カメラを利用したデータ収集・分析を行っています。
水位主義の主役はFS調査などで経験してきた氾濫解析モデルを使った浸水シミュレーションで、大変魅力的なツールだと考えています。
浸水シミュレーションを活用すれば、これまで分からなかった管渠内水位・氾濫水位が「見える化」されます。見える化のメリットは非常に大きく、水位に基づいた管渠の弱点の把握や浸水被害の評価ができるため、浸水対策の必要な箇所が明確になるとともに、対策立案時の効果の比較も容易になります。対策案を何通りも試行できることが最大の利点と考えられますが、対策効果を市民に説明し、ビフォーアフターで見せられるようになるなど、応用範囲は広がっています。【図4参照】
ただし、氾濫解析モデルを活用して、浸水シミュレーションを実施する場合には、シミュレーションの限界や再現性のレベルを正しく認識した上で目的に応じて使い分けることが重要です。また、本格的な実用には、解析スピードの大幅アップや特に小浸水時の浸水移動・浸水位の精度向上も必要です。これらは、通常使用している2次元の氾濫モデルを1次元として、地表面データの設定アルゴリズムを工夫したほうが要求レベルにより近づくのではないかと感覚的には思っていますが、今後の大きな課題となっています。
さらに、浸水シミュレーションを活用した既存ストックのフル活用や浸水対策の最適化、付加的・局所的な対策による効果向上を図るためには、モデルに組み込めない管渠内空気の影響の解消や、複雑な局所損失の集中箇所(サイホン等)の問題を解明・最小化した上で、残る影響を近似的にモデルに組み込んでおくなどの対応が必要と考えられます。このような複雑な管渠施設は、下水噴出トラブルや排水機能の大幅低下などを引き起こしていると考えられますが、原因究明や対策に苦慮しているところです。
ピンチをチャンスに! まちづくりへの期待
浸水対策を担当している我々は施設・整備の限界を繰り返し説明してきましたが、浸水区域に住む住民の「整備が終われば浸水はなくなる」、「整備が終わったのにまた浸水したのは施設の設計が悪い」という一方的な理解・思い込みはなくなりません。路面冠水も許さないという強硬な苦情さえあり、100%公助でやるのが当然という感覚の住人には自助・共助は理解されにくいというのが現状で、結果的に被害を助長させています。
逆に、唖然とさせられるこんな事例もあります。公助の限界を理解しながら、浸水区域でアパートを新築したいというのです。公表した浸水実績図に図示された区域で、近くには浸水実績水位を記したポールも建っています。新築に際して例えばピロティーなどの自己防衛をお願いしたのですが、相手側は「お金を掛けたくないので現状の高さで建てる。浸水しても、保険で直せばよいし、家賃を安くすれば入居者はいくらでもいる。浸水する場所なら、周りから文句を言われることなく相場より安く家賃を設定できるため、全室入居は確実になる。だから問題ない」との返答でした。ビジネス的に解釈すると、「自己防衛をすれば、建設費が上がる。家賃も上げざるを得ず、空室が増えて採算割れとなる。しかし、そのまま建てれば、建設費は上がらない。家賃も下げられ、空室がゼロになるから儲かる。リスク回避の保険代は知れているし、周りから家賃の文句も言われない。逆転の発想で、かえって好都合だ」。つまり、浸水区域だからこそ成り立つビジネスだというわけです。
この事例のように、新たに浸水被害が増えるのは看過できない問題ですが、現状では防ぎようがありません。下水道で莫大な費用を掛けて浸水防止ブレーキを踏んでいるのに、浸水増加アクセルを踏み続ける土地利用者も一方にはいます。
浸水の要因は様々ですが根本原因は地形にあり、発生頻度の高い内水による浸水被害は特定の区域でのみ発生します。下水道などが行っている浸水対策は、対症療法であり、一定レベルまでの緩和しかできません。浸水地形という病根を取り除く原因療法でなければ浸水はなくなりませんが、地形問題の解決は不可能に近いと考えています。実際に考えられる次善の根本対策としては、土地利用の規制あるいは適正化ということになるのではないでしょうか。
浸水区域は一般に地震に対しても脆弱です。人口減少が加速する今後のまちづくりにおいては、これら防災面のリスク、対策コストや限界といったマイナス条件を十分に考慮し、逆転の発想でピンチをチャンスに変えてほしいと思います。まちづくりとの連携は不可欠で、まちを人口減少に合わせてリストラし、防災対応型にできれば、低コストで内水による浸水等の災害リスクを大幅に減少させることが可能と考えています。
おわりに
本稿では、岡崎市の下水道浸水対策について、河川との連携やソフト対策、水位主義の取組や課題、まちづくりへの期待について紹介した。引き続き下水道整備を進めるとともに、水位主義をより強化・応用することにより、今後も浸水被害の軽減を図っていきたいと考えている。拙稿が何かの参考になれば幸いです。
岡崎市上下水道局下水工事課長 荻野 恭浩さん