水防法・下水道法 改正のポイント
水防法・下水道法改正のポイント
国土交通省水管理・国土保全局下水道部 流域管理官付流域下水道計画調整官 小川 文章氏に聞く◆ ストック活用
下水道における雨水管きょ整備も順調に進捗し、全国における総延長は約11万㎞(合流5万㎞、分流6万㎞)となり、それに伴い都市浸水対策率も平成24年度末では55%まで達していることが新下水道ビジョンに示されています。これだけのストックがある一方で、浸水被害が解消されていない箇所が残る原因の一つとして、既存ストックの活用が十分でないことがあります。 将来的にゲリラ豪雨のような大規模かつ集中的な降雨が増えることが予想される中で、既存ストックを最大限に活用していかなければ、次の段階の議論を始めにくいと考えています。 ストックを活用した都市浸水対策機能向上検討委員会において、昨年4月に策定された「ストックを活用した都市浸水対策機能向上のための新たな基本的考え方」には、今後実施していくべきことがほぼ網羅されていると思います。 シミュレーションを使用して管きょの能力をより正確に評価するとか、ハード整備の上に適切なソフト対策も加えて相乗効果を狙うことなども示されています。 また従来、管きょ内を流下する下水の正確な挙動や地上浸水との関係には不明な点が多く、ブラックボックスのような状態でした。 今後は管きょ内の水位を常時観測し蓄積し、浸水被害が生じた箇所の水位情報などを分析することにより効果的な対策を実施していくべきと考え、まずは管きょ内水位を正確かつ密に測っていこうということで「水位観測主義」の考えを打ち出しています。 これまでも、ポンプ場の運転操作のために水位計を設置することは多く見られましたが、管きょ内やマンホール内にも水位計を設置し、水面形状やその変化などの管きょ内の状況を常時精度良く観測していこうというものです。 管きょ内の流下状況を正確に把握することは、既存ストックの有効活用につながります。例えば道路側溝には雨水ますの開口部があります。それが小さすぎて、豪雨の際に道路上の雨水をすべて取り込むことができなかったり、雨水と一緒に落葉やゴミが集まってきて入口が詰まってしまったり、地表水の流速が大き過ぎて雨水ますの上を通り越して流下してしまうために、管きょの流下能力には余裕があるのに雨水が入ってこないという現象が生じます。 一方で、下流側の管きょには雨水が集中して流入し、その箇所がボトルネックとなり、結果として上流部の管きょには余裕があるのに下流の一部箇所が集中的に溢水してしまうなど、せっかくのストックが十分に機能していない事例が自治体からの報告などにより分かってきました。
◆水位周知下水道
近年、ゲリラ豪雨により地下街に雨水が流入することで浸水被害が生じていますが、地下空間では地上部の状況を早期に把握することが困難で避難行動が遅れがちです。そこで水位計で管きょ内水位を計測し、水位情報を早めに水防管理者に通知することで住民の避難を促すため、今回の水防法改正の目玉の一つとして「水位周知下水道」という制度をつくりました。 この制度を適用した下水道は、法律に基づき、水位周知のためのシステムを構築し、関係者に周知する必要があります。まずは大規模地下街のある20都市の約80カ所程度について、今後5年間で優先的に対応してもらえるよう要請するとともに、スムーズな対応を可能とする制度設計や技術的検討を引き続き行っています。例えば、水位計設置費用を補助対象化したり、各メーカーの水位計の性能スペックを整理して情報提供を行うことなどです。 水位計を設置して水位を測りましょうと言うのは簡単ですが、やみくもに水位計を設置しても正しい水位情報を計測できません。水面が変動する非定常非満管状態の暗きょ区間において水位を正確に測るための技術的ノウハウが十分に蓄積されていませんので、国も「下水道管きょ内等の水位観測を促進するためのFS」を苫小牧市、市川市、厚木市で実施し、試行錯誤しながら低コストで効率的な水位計の設置方法、水理学上最適な設置位置などの技術的検討を行っているところです。
◆シミュレーション技術向上の必要性
従来の管きょ設計方法は、合理式を用いてピーク時の流量を計算し、最大流量を流すことができるように管路網を整備していくという比較的シンプルな考え方でした。建設を急ぐ時代はその方法が適していたのかも知れませんが、整備後に実際の流況を見てみると設計通りに機能せず浸水が生じているような箇所も見受けられます。さらに、宅地化などにより土地利用状況も変化しており、流出係数が増えたりもしています。また、雨の降り方も変わってきています。 こうした環境変化の中で、現状に適した対応策や改善策を迅速に講じていかなければなりませんので、局所的な改良や能力増強も効果的だということになります。そのような対策を必要とする箇所や原因となる現象を正確に把握するためには、まず水位計等により管きょ内の流況を正確に知ることが重要であり、これが始めの第一歩となります。 そして効果的な対策のためには最大流量だけではなく、時間的な変化を把握することも必要です。時間的な変化を予測するためにはシミュレーションを行いますが、水位計の測定値などを基にキャリブレーションすることにより、より高精度な予測が可能となります。どれだけの雨がどこに降れば、水位がどう変化して、どこで浸水が発生するかということが正確に予測できるようになれば、ボトルネックなどが生じている箇所に対しての適切な対策が可能となります。
◆水防法等の改正と気候変動への適応
水防法改正の目玉の一つが、想定し得る最大規模の内水・高潮に係る浸水想定区域を公表する制度の創設です。これは浸水シミュレーションに基づき、想定最大降雨レベルでのハザードマップ作成を最終的に目指すものです。 すでに各自治体では、既往最大降雨などに基づいた内水ハザードマップの策定が進んでおり、策定率は50%近くになっていますので、未策定の自治体も策定を進めて欲しいところです。一方で、水防法改正に基づく想定最大降雨のハザードマップは、内水だけではなく洪水や高潮と融合させたものを目指していますので、河川部局と詳細について調整しているところです。 例えば、下水道の雨水ポンプ場から河川や海に雨水を排水しようとする場合、河川水位が高いとか高潮が発生していれば排出が不可能となりますから、内水浸水が発生してしまいます。河川や海の水位がどの程度までであればポンプ排水が可能なのかなどについて調整した上で、一つのハザードマップ上でわかるようにガイドライン化しようとしています。 また、「計画規模を越える局地的な大雨に対する新たな雨水管理計画策定に係る調査検討会」で集中的に議論しているところですが、全国を15のエリアに分けて、それぞれのエリアで想定最大規模降雨強度であるおおむね時間150㍉の降雨強度を用いてシミュレーションしています。外水位と内水位を決めれば、浸水箇所はわかりますから、それらの結果を統合してマップ表示します。 下水道法改正では、雨水排除に特化した「雨水公共下水道」の制度を創設しました。都道府県構想による処理区域の見直しに伴って汚水整備を下水道でやらないことにした地域でも、雨水管の整備を可能としました。汚水が未整備の自治体でも、雨水整備について高い関心がもたれている状況ですので、この制度を活用していただけるように全国にプロモーションしているところです。 また、民間施設の地下空間を活用した内水対策として、浸水被害対策区域を条例で指定し、同区域で民間が設置した雨水貯留施設について、下水道管理者が所有者との協定に基づき管理するとともに国が直接補助を行う制度を創設しました。今後、高度成長期時代に整備された地域が再開発の時代を迎えますので、そうした流れとリンクさせていけば制度が活用されるのではないかと思っています。 さらに政府は先月末、世界的な気候変動へのわが国の対応方針をまとめた「気候変動への適応計画」を閣議決定しました。これを受けて国交省でも、今後10年程度のインフラ関係の取組み方針を示す「国土交通省気候変動適応計画~気候変動がもたらすわが国の危機に総力で備える~」をとりまとめました。この中でも、下水道に係る対応方針として、河川との一体的な施設運用や総合的な浸水対策、水位情報施策の促進などが盛り込まれています。 気候変動適応という面においても、下水道は特に都市部の雨水対策を担っていますから、貯留施設の整備などの既存の施策を粛々と進めつつ、温暖化による海面上昇の内水に与える影響の調査や、雨水貯留管と河川調整池との相互運用の促進なども求められています。また、減災対策としても、水位情報の提供に加えて、さまざまなソフト対策や既存ストックの活用を推進していきます。 一方、世界的な課題として見た場合、気候変動により渇水が頻発する地域も増えると言われており、水資源が偏在化してきます。このため、下水の膜処理技術や雨水の活用技術など、下水道分野で開発された再生水技術の活用なども今後期待されるところです。
◆行政のリーダーシップと連携強化
今後は大都市以外の市町村においても着実に浸水対策を進めていただく必要がありますが、その場合、都道府県にリーダーシップを発揮していただくことが重要だと考えています。そこで今年度から、全都道府県で浸水対策に係る市町村下水道職員向けの勉強会等を開催し、そこに国土交通省も講師として出向くなどして、雨水対策推進のための地域ごとの仕組みづくりに取り組んでいます。開催した都道府県はすでに過半数を越えており、今後も定期的に開催していただけるよう、国としても自治体を支援していきたいと思っています。
浸水被害は発生しやすい箇所を想定しやすいため、ある意味では対策の容易な分野だと言えます。水位計の設置についても、最初は試行錯誤が必要かもしれませんが、さまざまな知見やノウハウをナレッジとして蓄積していけば、ある時期から急速に進化するようになるでしょう。このためには、都道府県のリーダーシップに加えて、ナレッジマネジメントに対する国のフォローアップが重要だと考えています。 また下水道だけで浸水対策を頑張っても、他の外的要因のためになかなか浸水被害が解消されない事例もありますので、部局をまたいで連携を図っていくことにも期待をしています。自治体の下水道部局の職員の方々にも、ぜひ行政組織の中で積極的なイニシアチブをとっていただき、他部局に対し連携や協力を呼びかけ、下水道部局の存在感をアピールしていただきたいと思っています。
例えば、都市計画や農業政策との連携です。浸水被害増加の要因の一つが、田畑が宅地化されることによる貯留浸透機能の喪失ですが、相続発生時などに市街化区域内の田畑が宅地として売られてしまう一方で、都心には空き家が増えています。税制の関係で家屋を撤去したほうが固定資産税が高くなるためにそのまま放置されているという事情があります。
そこで、そのような空き家を解体撤去してミニ調整池にしたり、浸透面を増やすために公園化するような手法も考えられますので、下水道部局が率先して課題や解決策を提案していただき、行政組織全体で対策を考えていって欲しいと思います。
◆水位観測主義の進展のために
管きょ内水位の計測を推進し、水位計設置のノウハウや水位データを蓄積していけば、将来的に強力な雨水データベースが構築できると思います。 管きょ内の流況の高精度な把握に積極的に取り組んでいる国はまだほかに無いでしょうから、日本発の先進的な管きょ設計手法や雨水管理技術を生み出すことが期待できるのではないでしょうか。そして、同様に浸水被害で悩んでいる同じモンスーン気候のアジア各国等に対し、わが国の技術的ノウハウを輸出することも可能となります。 このように水位観測を推進していけば、膨大かつ有用なリアルタイムデータが収集でき、それを基に低コストで有効な新たな下水道システムを構築できる可能性がありますので、最も恩恵を受けるであろうコンサルタント会社の皆さまには、各種委員会などの場において、水位観測の重要性や必要性について積極的に発言していっていただきたいと思っています。
(日本下水道新聞 平成27年 12月16日号より)