2016年3月27日
【横浜市】安全は都市の価値 再開発に合わせた官民協働の浸水対策
横浜市 環境創造局 下水道計画調整部
竹内 徹也 下水道事業調整課長
都市域対策の課題
近年の降雨傾向で多くの都市を悩ませるのが、短時間降雨量の増加である。計画降雨量を超過する雨が全国的にも頻発し、気候変動の影響で一層激化する懸念もある。自然災害そのものの被害とともに、都市機能のマヒこそが現代社会における最大の危機の一つである。都市機能が集積するエリアの浸水は何としても防がなくてはならない。しかし、都市機能が集積するエリアでは対策手法が限られる。貯留管を増強するにも地下街と埋設物が輻輳し、工事の用地スペースも極めて限定的であり、地上、地下ともにスペースの余裕が無い。
横浜駅周辺地区は、明治初期の埋め立て事業で形成された地区で、昭和3年に横浜駅が移設され、発展を遂げてきた。今や横浜駅は国内最多の6つの鉄道事業者が乗り入れ、国内5番目の乗降客数を誇り、言わずと知れた巨大ターミナル地区である。都市機能が集積する一方で、雨に対しては脆弱性を合わせ持つ。帷子川とその分水路、幸川、新田間川の河川に囲まれ、豪雨時の排水能力が高い地域ではない。
平成16年の台風22号の際には、市内で時間最大降雨76.5ミリを観測し、横浜駅周辺でも大規模な浸水被害が発生した。
「帷子川は河口側で川幅が狭まりこれ以上排水できない。排除できないとなれば雨を貯めるしかないが、地下構造物が輻輳している」(竹内課長)。現有施設の計画時間降雨量60ミリ(10年確率降雨)を超える降雨への対応を図るのは現実的ではなかった。
再開発を好機に
その中で、横浜駅周辺の再開発プロジェクト「エキサイトよこはま22」が平成21年12月に策定される。
エキサイトよこはま22(横浜市HP) http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/tosai/excite/
市内のみなとみらい21地区や関内地区が都市機能を拡充させる中、横浜駅周辺地区は建物の老朽化や外部環境の変化に対する一体的な対応が遅れていた。計画策定をきっかけに同地区のポテンシャルを活かした大改造計画が動き出した。
都市の魅力を最大化するための重点施策となったのが治水である。
既往最大降雨への対応、さらには将来懸念されるより激しい雨に対応するのも今しか無い。「再開発こそチャンス」(竹内課長)であった。竹内課長がチャンスと語るのは、対策のタイミングという要素だけではない。もう一つの大切な要素は最大限の投資効果を得られる策を打てることである。
前述の通り、帷子川への排水は不可能であったため、海域放流を検討した。ここでも再開発がカギとなる。横浜駅から約1.5キロ離れた東高島駅北地区の区画整理事業の一環でポンプ場用地の確保が可能となった。横浜駅周辺地区から雨水幹線を整備し、海域放流できる目途が立った。区域内の既設ポンプ場の再構築に合わせた施設増強にも複合的に取り組む。これにより概ね既往最大降雨に対応する時間74ミリ(30年確率降雨)の雨に対応出来ることになる。
官民協働の意義
エキサイトよこはま22の策定から6年。再開発に関連した浸水対策は、平成27年7月の水防法・下水道法の改正に伴い、横浜市では新たな施策の検討が始まった。
改正法では、条例制定と区域指定を行うことなどの一定条件のもとで民間建築物を新築・改築する際の敷地内雨水貯留施設の設置に国庫補助・税制優遇が図られることになった。これまでも民間が実施する雨水貯留の公的助成制度はあったが、新たな制度の特長は、設置後の貯留施設の管理を行政と建物の所有者が協定を結べば、行政が管理できることになった点だ。これにより、都市機能集積地の浸水対策の選択肢が大きく広がった。
横浜駅周辺地区では、公助により30年確率降雨の対策に目途が立った。横浜市では民間貯留の設置が進めば50年確率降雨に相当する時間降雨量82ミリ程度まで対応が可能になるものと試算する。
安全は都市の価値を高める。民間事業者の主体的な取り組みで自らの用地の価値も向上させられる。再開発という千載一遇のチャンスに官民が協働することで想定外の災害から街を守る可能性は確実に向上する。
都市機能の集積が浸水対策の制約条件とは限らない。官民が連携し、集積する資産を活用すれば、強みにも変えられる。
発想を生む気風
水防法・下水道法の改正という潮流の変化の中で、管路内の雨水の水位挙動を計測し、既存の施設を最大限活用して浸水被害の軽減につなげる「水位主義」が一つの手法として注目されている。水位主義が真に効果を上げて行くためには。シミュレーションと同様に、管路内水位という定量的な情報を正確に把握し、しっかり分析し、如何に活用できるかが重要な要素となる。実効性の高い浸水対策の実践と、住民の自助を促すため、情報はますます価値を増していく可能性を秘める。
横浜市も活用方策を検討するが「管路内水位と浸水の因果など、さまざまな検証が必要になる。得られた情報をどう使うかが課題」と竹内課長は、可能性を見いだす一方で慎重さも示す。
同市では、既往最大降雨によるシミュレーションをもとに、平成26年度末、行政区毎の浸水(内水・外水)ハザードマップを公表した。
横浜市浸水(内水・外水)ハザードマップ(横浜市HP) http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/gesui/naisuihm/
ハザードマップの策定を機に、各区に設置する土木事務所は、現場の維持管理から把握した浸水危険カ所等の情報も書き加えた維持管理マップを作成した。住民への周知だけでなく、ハザードマップの活用を日常の管理に落とし込めることが、大きな特長である。
現場で得られる雨の経験と情報は、行政にとって貴重な財産になる。「これまでは行政内部でも雨水計画を実践した職員が雨に詳しかった。近年は、維持管理の現場で雨の降り方や浸水発生のメカニズムを経験から理解する職員も多い。シミュレーションを活かすには現場状況の理解が大切。リスクの理解と計画への反映、住民の命を守るための発信に活かされる」(竹内課長)。
定性的・定量的、いずれの情報であってもそれをしっかり整理・分析・発信し、さらに官民分け隔て無く様々な主体とコミュニケーションを図る人材育成が今後の雨水政策には不可欠になる。
雨の降り方が変化する中で、住民と都市機能を守るため、横浜市には雨を司る職員を育む経験と風土がある。